結局誰になるの?噂されている日本代表監督候補をリストアップしてみた。

ハビエル・アギーレ監督が契約解除になってからというもの、連日のように後任監督の報道が続いています。

日本サッカー協会は外国人監督に絞り、5人程度の候補を既にリストアップしているそうですが実際はどうなることやら…

過熱する報道に対して既に断りを入れている監督もいますが、私が候補(だと勝手に考えている)監督5人を略歴とともにリストアップしてみました。

……というか協会はアギーレ監督の任命責任をとらなくていいの?

 


 ルチアーノ・スパレッティ

ルチアーノ・スパレッティ

ルチアーノ・スパッレッティは、イタリア・チェルタルド出身のサッカー指導者。ウィキペディア

監督としてのキャリア当初は「降格請負人」とさえ言われていましたが、イタリア・セリエAのウディネーゼ監督時代にチーム初のチャンピオンズリーグ出場権を得て、翌シーズンにASローマの監督に就任。

ローマのイル・プリンチペ(王子様)ことフランチェスコ・トッティを、今までの攻撃的ミッドフィルダーとして起用するのではなくセンターフォワードとして起用することで、細かなパス回しとミッドフィルダーの走り込みを組み合わせた攻撃的フォーメーション、ゼロトップ”システムを用いてセンセーショナルを巻き起こし、セリエAで最も美しいサッカーと言われた監督です。

ちなみにこの戦術はFCバルセロナなど現在の強豪クラブにも大きな影響を与えています。

2010年から指揮したロシアの強豪ゼニト・サンクトペテルブルクでは2度のリーグ優勝を果たしましたが、2014年3月に成績不振で解任されています。

 


フェリックス・マガト

フェリックス・マガト

ヴォルフガング=フェリックス・マガトは、ドイツ出身の元西ドイツ代表サッカー選手、サッカー指導者。 ウィキペディア

現役時代はハンブルガーSVの中心選手として活躍し、チャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)制覇などに貢献しました。

引退後はドイツの多くのクラブで監督実績を積み、バイエルン時代にはリーグとカップ戦で2年連続二冠。ヴォルフスブルク監督を務めた2008-09シーズンには当時在籍していた日本代表の長谷部誠やボスニア・ヘルツェゴビナ代表エディン・ジェコなどを擁して、クラブ初のリーグ優勝に導きました。

またテクニック、走力、規律がバランス良く備わっていて、自分の理想とする統率された組織サッカーが出来るからとの理由で日本人の獲得に積極的なことから、ドイツのメディアからは“日本人コレクター”と呼ばれています。

“Qualität kommt von Qual”(「高いクオリティーは苦しみから得られる」)というモットーのもと、厳しいトレーニングを選手に課すことが有名で“マガトの軍隊式トレーニング”などと揶揄されることも…

今シーズンはイングランド2部のフルアムを率いていましたが成績不振で解任されています。

 


 

ミカエル・ラウドルップ

ミカエル・ラウドルップ

ミカエル・ラウドルップは、デンマーク・コペンハーゲン出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。デンマーク代表だった。現役時代のポジションはミッドフィールダーまたはフォワード。デンマークサッカー界を代表する選手であり、1980年代中盤から1990年代のヨーロッパを代表する選手のひとり。 ウィキペディア

現役時代をユヴェントスやバルセロナ、レアル・マドリードなどのビッグクラブでプレーし、1996年には当時JFLだったヴィッセル神戸に在籍した経験を持っています。

指導者としては2007-08シーズンにヘタフェの監督に就任すると、コパ・デル・レイで準優勝、UEFAカップ(現在のヨーロッパリーグ)でベスト8に進出。その後退任し、複数のクラブを指揮した後に2012-13シーズンからスウォンジーを指揮しクラブ初のリーグカップ優勝を果たします。

プレミアリーグの舞台でパスを回して崩すスペイン式のスタイルで評価を高めましたが、翌シーズンに解任されています。

ちなみに現在はカタールのレフウィヤで監督をしています。

 


 

ヴァヒド・ハリルホジッチ

ヴァヒド・ハリルホジッチ

ヴァヒド・ハリホジッチは、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のサッカー選手、サッカー指導者である。 ウィキペディア

現役を引退後、現役時代にも在籍したパリ・サンジェルマンやレンヌなどフランスの各クラブやトルコのトラブゾンスポル、サウジアラビアのアル・イテハドの監督を務めました。

2008年にコートジボワール代表を率いて攻撃的なチームを作り上げましたが、大本命とされたアフリカネーションズカップで準々決勝敗退となり、2010年2月に解任。

ディナモ・ザグレブで指揮した後、2011年からはアルジェリア代表監督に就任。パスをつなぐスタイルだったチームにタイトな守備と鋭い速攻を植え付け2014年のブラジルW杯では初のベスト16に導きました。

対戦相手に応じてシステムを変えながら、機能させる手腕をもち、また同胞の大先輩である元日本表監督イビチャ・オシムとも親交が深いことで有名です。

大会後はトラブゾンスポルの指揮官に再び就任しましたが、11月に契約を双方合意で解除しています。

 


 

ドラガン・ストイコヴィッチ

ドラガン・ストイコビッチ

ドラガン・ストイコビッチは、セルビア・ニシュ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 愛称のPixyまたはPiksiは少年時代に見ていたアニメ「ピクシー&ディクシー」の主人公のネズミの名前に由来している。本来のつづりは「Pixie」であり、Pixyというつづりはメディアが付けたものである。 ウィキペディア

1980-1990年代を代表するミッドフィルダーで初期のJリーグを支えた世界的な外国人選手の一人。

19歳でユーゴスラビア代表に選出され、1990年イタリアワールドカップではベスト8に貢献。1998年フランスワールドカップではユーゴスラビア代表のキャプテンとして活躍。

1994年に名古屋グランパスエイトに移籍し、2度の天皇杯獲得などに貢献。1995シーズンにはリーグMVPを獲得。オールスターでは96年、98年、00年の3度MVPを獲得している。2001年夏に引退しました。

ユーゴスラビアサッカー協会、レッドスター・ベオグラードの会長を歴任した後、2008年から名古屋グランパスエイトの監督に就任し2010年にJ1を制覇。

2009年のピッチ外からのロングボレーは伝説的でした笑。雨で濡れたボールを革靴でダイレクト……流石天才ピクシーといったところでしょうか。

詳細はコチラから。

2013シーズン終了後に退任し現在はフリーとなっています。

 


この他にも現在フリーとなっている監督はいますが、おそらくこの5人の中から決まるのではないかな…と。

個人的には以前代表監督を経験して結果を残し、オシム監督とのつながりもあるハリルホジッチか、生粋のストライカーのいない日本代表にゼロトップが上手くマッチするんじゃないかな…との期待を込めてスパレッティかなと思うんだけど。

 

兎にも角にも日本サッカー協会にはアギーレ監督の二の舞にならないよう急いで後任を決めることなく、じっくり精査した上で、新たな監督のもとアジアカップで失った自信を取り戻して欲しい!!

ぶっちゃけ査定基準がよくわからない世界。

スノボー初心者が考える、超初心者が持っていくべき持ち物はコレ!

コメント

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  1. 2016年 1月 09日

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